5G以降も無線通信の高速化は終わりを見せず、今まで不可能だった通信サービスが次々と出現していくでしょう。でも、その裏で大きな問題が持ち上がっていました。基地局が受ける膨大なデータを、基幹ネットワークまでつなぐ光アクセス網の高速大容量化に限界が見えたのです。そこに、今までとは異なるタイプのデバイスで打開しようとしているのが、東京大学の種村先生。その画期的な点とは? そして先生が見据えるBeyond 5Gの世界とは? 先生のお人柄もあって、とても楽しいインタビューになったようです。
●お答えいただいた人
東京大学 大学院工学系研究科
電気系工学専攻
准教授
種村 拓夫さん
●インタビュアー:5G・IoTデザインガール
SOMPO Light Vortex 株式会社
デジタルヘルス事業部
シニアビジネスクリエイター
佐久間 萌里佳さん
日本電気株式会社
新事業推進部門
バーティカルサービス開発統括部
伊藤 綾乃さん
無線の速度向上が先生のデバイス研究を必要としたのですね(伊藤)
佐久間:情報通信研究機構で先生の研究の成功がBeyond 5Gの普及に不可欠だと聞いて今回は駆け付けたのですが、どのような研究をされているのでしょうか。
種村:私は光通信に関する研究をしています。
2030年ころに、5Gの次のジェネレーションとなるBeyond 5Gの無線サービスがスタートするとされていますが、なぜ新しい無線サービスであるはずのBeyond 5Gのために光通信の研究が必要なのかと言えば、様々な端末と無線でデータのやり取りを行うたくさんの基地局と、都市間や大陸間を結ぶ基幹ネットワークとの間を結ぶ回線が光ファイバー通信だからです。
そして、この光アクセス網と呼ばれるネットワークがピンチを迎えているのです。
伊藤:Beyond 5Gの足を引っ張りそうなのですね!
種村:そうです。5Gまでは、基地局のやり取りする無線通信の情報データを受け取ったり返したりするのに、光アクセス網の容量は十分でした。
ところがBeyond 5Gではテラビット超級の広帯域化が必要になり、このままでは無線のやりとりする情報トラフィックを収容できなくなってしまいそうなのです。
佐久間:どうしてそうなってしまうのですか?
種村:単純に言えば、無線通信のスピードアップが、光通信のスピードの進化を上回っているからです。
無線は40年間で約10万倍 、つまり、10年間で約20倍弱という、ものすごいペースで通信速度が上がり続けています。
一方で、それを収容する光アクセス網も十分にすごいペースで進化しているのですが、10年間で10倍くらいです。従来は光のほうが十分に速かったので問題になることはありませんでしたが、このままのペースでいくと、Beyond 5Gの普及以降には、その差がどんどんなくなってしまうことになります。
佐久間:そんな大変な状況を前に、種村先生はどのような解決を図ろうとしているのですか?
種村:光の位相や偏波を使ってより多くの信号を送れる方法である「コヒーレント光通信方式」を光アクセス網に導入することで、大容量のデータを効率良く伝送できるのですが、そのためには、安価なコヒーレント光受信器の実現が必要でした。
私は、この光受信機の開発を行っています。
佐久間:“安価な” がポイントのようですね。コストを抑えることがとても重要なのでしょうか。
種村:御明察!(笑)。無線通信は高速になればなるほど、高い周波数の電波を使う必要があるので、伝搬距離は短くなります。ですから、基地局を今までよりも密に設置しなければなりません。
そこに組み込まれる光受信機が高額なものになると、普及の妨げになってしまいます。
温めていたアイデアを最新の半導体プロセス技術で実現しました(種村)
伊藤:先生の研究している光受信機は、今までのものとは大きく異なるのですか?
種村:はい、かなり形状が異なります。従来のコヒーレント光受信器は、半導体基板の端面から光を入力して逆側の端面から電気信号を出す方式でした…
佐久間:タンメン! 美味しそうな名前ですが、どのようなものですか?
種村:ははは。そう誤解されてしまいますよね。
私たちデバイスの研究者が言う「タンメン」とは、半導体基板の端側の薄い部分のことです。
今までその端面から光信号を入力していたのを、新たに基板の面に垂直に光を入射する形状に変えたのです。光検出部は数10μm角に過ぎませんから、2次元の面に配列すれば、比較的容易に数10~100チャンネル以上に並列化でき、理論上で従来方式に比べ安価に大容量化が可能になります。
伊藤:1次元の線のような端面から大きく飛躍したのですね。いつから垂直入射を思いついたのですか?
種村:テラビット級の光受信機を実現するには、多チャンネルによる並列化しかないと以前から考えていました。チャンネルをたくさん並べるのなら基板の面上に配置するのがやはり合理的です。
伊藤:それでも今までは難しかったのですね。
種村:従来の端面入射型は、光を干渉させてから受光して電気信号を出すまでの処理を基板の面内のある程度の長さの光導波路で行えたのですが、垂直入射型は基板の薄い距離の中で干渉・受信処理をしなければなりません。原理的にとても難しいことに挑戦したのです。でも、最近になってどんどん進化してきたナノスケールの半導体プロセス技術(つくる技術)を用いることで、解決できました。
先生が目指しているのは、優しい世界なのですね(佐久間)
伊藤:今後はどのように研究を進められるのでしょうか?
種村:まだまだ目標としている効率には届いてはいません。ただ、苦労しながら課題を少しずつ克服し、目標には着実に近づいています。
その先は、Beyond 5Gに関わる企業等に向けて、進化した光アクセス網のプラットフォームを低コストで提供したいと考えています。
その上から、様々な新サービスや関連技術が育っていくのだと期待しています。
伊藤:そのまた先に、Beyond 5Gは世界に何をもたらすとお考えですか?
種村:サイバー空間とフィジカルな実世界の空間を融合させるCPS(Cyber-Physical System)や、同じような意味の言葉にSociety 5.0がありますが、こうした近未来像として描かれていた世界が本格的にやってくると思います。
それは、いくつかのSFで想像されている実世界をないがしろにする非人間的な社会ではなく、むしろ人にとっても優しい世界が到来すると思っています。
今の現実の世界で何らかの物理的な制約に苦しんでいる人を、助けられるのではないかと想像するのです。例えば、過疎化した地方に住んでいてもロボットと低遅延の超高速通信を活用した遠隔からの治療を受けられたり、都心と同様な働き方や学びを享受できたりするようなことです。障害を持った方へのICTやロボットによる支援も進むはずです。
このようにBeyond 5Gが引き寄せるCPSが物理的な制約を取り払うことで、どのような人にも平等な状況や機会が生まれるのではないでしょうか。
佐久間:それは優しい世界をもたらす、人に優しい技術なのですね!
種村:Beyond 5Gで、より高速・大容量の通信ネットワークが広がっていくと、世界が透明になっていくと思います。
今、世界中に悲しいニュースが溢れていますが、いろんな国のいろんな立場の人が、世界中で起こっている出来事の情報を入手し、いろんな国々の人の気持ちが伝われば、立場を超えた共感や共鳴が広がるということです。
そこに少しでも貢献できれば良いなと考えて、毎日の研究に打ち込んでいます。
佐久間・伊藤:とても重要な研究について分かりやすくお話いただき、Beyond 5Gへの想いを一層強くしました。本日はお忙しい中、ありがとうございました。