はじめに:
通信機能を持った自動車―コネクテッドカー―
自動車から得られるデータを収集、活用することで、運転の安全性向上や新たなテレマティクスサービスの提供等、より快適なユーザー体験の実現が期待されています。今回は、アメリカで活躍されているスタートアップ企業、i-Probeの大島さんに、アメリカでの活動状況や道路インフラ分野の状況など、実態や苦労話も交えながら、お話をいただきました。
●お答えいただいた方
i-Probe Inc.
COO&CTO
大島大輔さん
取組みの概要について
事務局:車両情報の活用は、自動運転の実現等、日本においても様々な用途での検討が進められているところであり、非常に先進的な領域と考えています。まずは、取り組まれている事業・サービスの概要や特徴についてお聞かせください。
大島:近年、コネクテッドカーの普及が進んでいます。自動車には、様々なセンサーが付いており、これらのセンサーから取得した情報を処理することで、車は安全、快適に走行できるように制御されています。また、コネクテッドカーでは、自動車がインターネットに接続されることで、常時、自動車のセンサー等で取得した情報が集まってくるという時代になっています。
自動車がセンサーで取得する情報には、「自車の周囲の走行環境についてのデータ」も含まれています。自動車は「道路」に接しながら走行しているため、それらのデータを上手く活用することで、「道路インフラの維持管理」に役立つのではないかと考え、2019年にi-Probe社をアメリカで設立しました。
現在、コネクテッドカーから日常的に集まってくるデータを解析し、有効な情報を抽出して、道路管理者の道路維持管理を効率化するようなソリューションの実現をめざしているところです。
i-Probeサービスの優位性について
事務局:サービスの強み、優位性はどのようなところであるとお考えですか。
大島:i-Probeは、我々のサービスのために自動車に新しくセンサーを設置するのではなく、自動車メーカーが販売する車に設置されているセンサーから収集されるデータを活用します。i-Probeにデータを提供してくださる体制やパートナーシップが自動車メーカーとの間で構築できていることが強みの一つです。
競合としては、例えばスマートフォンを車両に設置し、データを収集するサービスがありますが、継続性の観点や、設置方法に応じてデータの精度に差異が生じる可能性等を考えると、i-Probeのようにユーザー側でセットアップする必要のないサービスには優位性があると考えています。
また、他の自動車メーカーもこのような取組みに関心をお持ちであるという話は聞いていますが、i-Probeが取り組んでいるレベルで、自動車メーカーがこのようなサービスの実現に取り組んでいる事例は、まだお聞きしていません。
アメリカをターゲットにした経緯について
事務局:アメリカをターゲットとした背景について教えてください。
大島:アメリカの道路建設は、日本よりも約30年程度早く始まっているので、日本より30年ほど古い状態の道路だと言えます。また、道路の総延長も日本の約5倍あります。また、体感としても、日本では考えられないような穴やひび割れが道路上にあったりするのが実情であり、それがタイヤのパンクや、ひどい場合には事故につながるなど、日本とは道路の管理状況が大きく異なるという印象を持っています。そういった道路の規模や状態を踏まえ、アメリカ市場に魅力を感じました。
加えて、アメリカの道路維持管理は、各州政府の裁量が大きいため、各州政府が「この技術が良い」と判断すれば、新しい技術やソリューションでも採用されやすいという素地があることも、アメリカで取り組みをスタートした理由の一つです。
事務局:そのような背景の中、今回の事業の立ち上げに至った経緯について教えてください。
大島:一般的に、アメリカの道路管理は、点検用の専用車両を走らせて、舗装の状態を把握しているのですが、点検専用車自体が高価であることや、データ取得のための車両走行や取得したデータを処理する際の人員の稼働費用も必要となるので、結構なコストがかかります。ですので、点検の頻度は、インターステートハイウェイのような重要な道路では1年に1回程度、住宅地などの道路では数年に1回の点検、あるいは定量的な点検を実施できていないケースもあります。
また、先述の通り、自動車の既設センサーで取得されるデータを解析することで、舗装の表面の凹凸の状態がわかるという技術のシーズがありました。
これらの背景の中で、2017~2018年度に総務省「アメリカ合衆国におけるプローブ情報を活用した高度なシステムの展開可能性に関する調査等の請負」に提案し、採択を受け、調査を実施させていただきました。調査の結果、技術的にも、現地のニーズとしても事業化の可能性があるという結論に至り、総務省の調査事業終了の翌年、実施した企業数社の中の一部企業でi-Probeを設立しました。
事務局:ニーズとシーズがマッチした、非常に分かりやすい好事例だと思います。アメリカの道路点検事情の課題は、どのように掴んでいかれたのでしょうか。
大島:連携する企業それぞれにおいて、日常の業務の中で、情報を得たり、実情を聞いたりする機会があり、その中で課題を知るに至りました。
事業・サービスの立ち上げの際のポイントや苦労について
事務局:アメリカでの事業立ち上げに当たり、苦労された点はどのようなことでしょうか。
大島:当然ですが、アメリカで新規に会社を立ち上げるに当たっては様々な手続きが必要であり、分からないことも多く、苦労しました。ただ、以前からお付き合いがあり、既にアメリカにおいて、同じくインフラ分野で活躍されている日系企業の方から、会社の新規立ち上げや手続きなどについて、多くのアドバイスをいただくことができました。同社には、i-Probe設立後も、日常的に様々なご助言をいただいています。
また同社は、道路の舗装点検にも取り組まれていまして、従来の点検専用車による道路点検を、より手軽に実施できるような車両も保有されています。
i-Probeのサービスは、一般の自動車に搭載されているセンサーを使うものですので、新たなセンサーの設置や、点検のために車を走らせる必要がないということがメリットとしてあるわけですが、一方で、従来の点検専用車が計測する全ての点検項目をカバーできるわけではありません。i-Probeはいわば「日常的な健康診断」のような位置づけで点検を行い、「悪くなっている部分」や「よりしっかりと計測しなければならない部分」は、専用の点検車で点検するといった「組み合わせビジネス」ができるのではないかという観点で、同社には今もご一緒いただいている状況です。
サービスにおける「通信システム」の位置づけについて
事務局:サービスにおける「通信システム」に対するニーズ等について教えてください。
大島:i-Probe自体は、直接的に車からデータを収集しているわけではなく、自動車メーカーが自動車から取得したデータを活用している形となります。一般的に、自動車メーカーが取得しているのは、センサーから収集し、処理した数値のデータとなりますが、自動運転技術の導入への期待が高まっていること等を踏まえても、今後は市販車にも標準で高画質のカメラが装備されていくことになるのではないでしょうか。その場合、将来的に、市販車に搭載されたカメラで撮影した「映像」や「画像」も、道路インフラの維持・管理をはじめ様々な目的で活用できる世界になっていくとすれば、通信の性能やコストといった部分はその実現において重要なポイントの一つになってくるのではないか、と思っています。
今後の事業展開について
事務局:最後に、今後の事業展開の方向性について、お聞かせください。
大島:我々は、道路の舗装表面の状態に着目したサービスの商用化をめざす活動に取り組んでいますが、そもそも自動車にはたくさんのセンサーが付いており、舗装表面の状態に限らず、自動車が走行している周辺環境の様々な情報が取得できています。まずは舗装の状態を点検するサービスから開始しますが、将来的には、センサーから得られる様々な情報を活用することで、提供するサービスの範囲を拡げていきたいと考えています。
また横展開という面では、アメリカで実績をつくった上で、例えば東南アジアや中東、南米など新興国への展開や、日本への逆輸入も狙っていきたいと考えています。
「アメリカで実際に使われている技術」ということが売りの一つとなると思いますので、まずは、アメリカで確実に実績を作っていきたいと考えているところです。
事務局:ありがとうございました。非常にチャレンジングかつ野心的な取り組みだと思います。道路を含むインフラ管理・モニタリングは今後日本においても重要な課題となりうるものと思いますので、ぜひ日本を含む様々な国で事業を展開頂き、拡大をめざして頑張っていただきたいです。