政府研究機関やアカデミアに加え、民間企業の参画も拡大しているBeyond 5G。国内の産学官がBeyond 5Gにおけるグローバル競争力獲得に向けて協業し、それぞれの役割・得意領域で成果を出すことが期待されているのは言うまでもありません。今回はシャープ株式会社の常務を務め先進技術リーダーでもある種谷さんに、Beyond 5G時代のグローバル競争力を左右するとされるSoCの開発に挑む数々の意義、そしてWAKUWAKUする未来観を、5G・IoT デザインガールたちに優しく語っていただきました。
●お答えいただいた人
シャープ株式会社 常務 研究開発本部 本部長
ScienBiziP Japan株式会社 代表取締役社長
東京大学ナノ量子情報エレクトロ二クス研究機構 客員教授
種谷 元隆さん
●インタビュアー:5G・IoTデザインガール
SOMPO Light Vortex 株式会社
デジタルヘルス事業部
シニアビジネスクリエイター
佐久間 萌里佳さん
日本電気株式会社
新事業推進部門
バーティカルサービス開発統括部
伊藤 綾乃さん
日本が再び通信技術の最前線に立つための開発なのですね(伊藤)
佐久間:数々の家電製品で知られ、私たちにも親しみのあるシャープで、種谷さんはBeyond 5Gに関するどのような研究をされているのでしょうか。
種谷:映像・情報機器から生活家電まで幅広い製品ラインナップを揃えるシャープですが、スマートフォンは主要製品の一つであり、半導体などのデバイスでも開発と製造を手掛けています。そうした中で、Beyond 5Gを見据えてカスタマイズ性の高いIoT端末向けSoC(System on Chip)の研究開発を進めています。
伊藤:SoCの国産開発の重要性についてより詳しくお伺いできますか?
種谷:移動体端末におけるSoCは、アンテナから入ってきた電波をデジタル情報に変換する半導体製品です。現在主流のスマートフォンではSoCが無線通信機能に加え、映像処理やアプリやデータ保存などの機能も統合処理しています。搭載されるSoC次第で、スマートフォンの性能や機能、電力消費、価格が決定しますから、市場競争力を決定する最重要デバイスといっても過言ではないと言えるでしょう。
佐久間:SoCの開発技術で日本は先行しているのですか?
種谷:残念ながらそうではありません。シャープもスマートフォン向けのSoCを開発する技術を持っていますが、現在のシャープ製のスマートフォンにはアメリカや台湾のメーカーのSoCが搭載されています。海外メーカーが性能や機能の面で先行したからです。3Gまでは日本製のSoCもありましたが、4G以降はアメリカ、台湾、韓国、中国製が世界市場を押さえているのです。
日本が競争力のあるSoCを持っていないことで、スマートフォン販売における収益性以上に問題なのは、関連サービスやアプリなどの開発で不利な状況を招いていることです。通信の新しいサービスやアプリを開発しようにも、次の世代のSoCの中身を分かっていないと進めないからです。実際に5Gの通信サービス開始では、日本はアメリカや韓国、中国に1年も遅れを取りました。
ですから、日本が通信技術や通信を取り巻くグローバルマーケットでリードしようとするのならば、自国製の競争力のあるSoCを確保しなければなりません。そのために私たちはBeyond 5Gに求められるSoCとはどのようなものなのかを構想し、それをいち早く現実のものにするための研究開発に取り組んでいるのです。
佐久間:そうなんですね。Beyond 5Gを前に、日本にとってSoCの研究開発がいかに大事か分かりました。
様々なSoCが必要になるIoT社会に向けた提案(伊藤)
伊藤:そうした状況で種谷さんたちはBeyond 5Gに向けてどのようなSoCを構想しているのですか?
種谷:超高速大容量、超多接続、超低遅延、超低消費電力などを実現するBeyond 5Gがサービスインすると、もっと様々なデバイスが通信で結ばれる、本格的なIoT社会が到来します。
今はスマートフォンに代表されるひとり1台の通信端末で通話や映像や様々なアプリを楽しんでいますが、そうした情報端末が多彩になり、もっと身近になります。例えば靴の中に小さな通信チップを埋め込み、位置情報などを無線でサーバーに送れば、意識することなく確度の高い有益な情報を得られるサービスが実現します。靴だけではなく、身の回りの様々なものにチップを埋め込めば、ひとり複数台の情報端末を自然に持てることになります。
佐久間:それって、SoCの開発をどう左右するのですか?
種谷:SoCはいろんなタイプのものが必要になると考えられます。
今のスマートフォンやタブレットなどには様々な用途をカバーする汎用性の高いSoCが求められますが、Beyond 5Gでは通信サービスの領域が一気に拡大し、ウェアラブル端末のように大容量のデータ処理が必要のない一方で電力消費を抑えたいものから、クルマのドライブレコーダーの映像データをやりとりするような大容量通信に対応できるものなど、個々のアプリやサービスの目的に適したSoCが必要になるはずです。
クルマと言えば、自動運転のためのデータ通信では高速性や瞬時性がSoCに不可欠になります。
伊藤:いろんなタイプのSoCをつくる必要があるのですね
種谷:そうなります。でも、一つのアプリやサービスに特化したSoCの開発を進めるとキリがありません。
そこで私たちが研究を進めているのが、ソフトウェア・ディファインド・レディオプラットフォームと呼ぶSoCを核にしたプラットフォームです。これは、ソフトウェアによって無線通信の機能を書き換えることで様々な用途に最適化できる柔軟なSoCのチップセットです。
情報端末の継続的な進化や用途の拡大に対応可能な、カスタマイズ性の高いBeyond 5G IoT端末向けSoCとなるでしょう。
佐久間:そのSoCが早期に実現すれば、日本のBeyond 5Gにとって大きな進展になるのですね。
種谷:はい、大きく貢献できるでしょう。もう一つ、このSoCを早く世に出すことに大きな意義があります。
佐久間:!? それは何でしょうか?
種谷:Beyond 5Gの国際標準規格づくりの面で主導権を握ることができるということです。4Gや5Gの標準化の制定はSoCを持っている国や企業が決定権を持っていました。言い換えれば、自分達の都合の良いように標準規格づくりをリードされてしまったのです。新しい機能や諸元が実現可能かどうかはSoCに大きくかかっていたからですね。そこに私たちがソフトウェアで調整しながらいち早く検証できるSoCのプラットフォームを提供するようになれば、発言力は確実に高まります。
伊藤:Beyond 5Gに関わるようになってから、標準化がいかに大切なのか知りましたから、今のお言葉はとても心強いです。
種谷:標準化に関する提案内容を特許化すれば、有利なポジションに立つことができます。実はシャープは通信の標準化に関連する特許で世界シェアの3〜4%を保持しています。日本全体で約9%だそうです。総務省によれば、それを10%台に引き上げるのが当面の目標です。
スマートフォンに縛られない、心豊かな社会を取り戻しましょう(種谷)
佐久間: 国産SoCも早期に用意できれば、Beyond 5Gの国際標準規格に深く関われて、新サービスやアプリの開発にも遅れを取らず、日本に大きなアドバンテージを呼び戻すことになるのですね。アプリ開発に携わっている私にとってまさに自分事だと思いました。
種谷:日本は技術立国ですから、今後も先端技術で次々と新しい価値を産み出し、世界に貢献していかなければ、今までのリスペクトを失うどころか貧困を招くことになります。Beyond 5Gに移ろうとする今後の数年は重大な契機となることに間違いありません。国産SoC を完成させて、2025年に大阪で開催される万博の会場では日本のBeyond 5G技術を駆使して、未来を想起させるようなプレゼンテーションをぜひ行いたいですね。
伊藤:私はローカル5Gの事業開発に携わっていることもあり、日本の遅れを感じる場面が多々ありました。それがBeyond 5Gでトップクラスに立てるなんて、WAKUWAKUします。
種谷:先行する国や企業に追いつくのは簡単ではありません。今後もますますチャレンジとハードワークが必要です。
早く国内の数多くのアプリの開発者を巻き込んで、開発を支援していきたいと考えています。
2023年中にはテストチップを完成させ、2024年春頃には企業はもちろん大学やスタートアップなど広範囲にプラットフォームを提供して、トライアルに使って欲しいと考えています。2030年頃の6Gのスタートまで、残りわずかな時間しか残されていないのです。
佐久間:種谷さんが考えるBeyond 5GでWAKUWAKUしたいことを教えていただけませんか。
種谷:スマートフォンに縛られない社会を築きたいですね。街を歩いていても、電車に乗っていても、皆んなスマホの画面に目を落としているじゃないですか。その光景を美しいとはとても言えません。
様々な端末が無線ネットワークに繋がれば、スマホに依存しないもっと人間らしい通信サービスが可能になるはずです。今まで考えられなかったいろんなことができるようになるし、スマホを使えないおじいちゃんやおばあちゃんも取り残されることはありません。
少なくとも歩きスマホなんか誰もしない、上を向いて歩いている光景が広がってほしいです。
佐久間・伊藤:夢のあるお話をありがとうございました。種谷さんたちのつくるSoCによってもたらされる本格的なIoT社会が楽しみです。私たちもBeyond 5Gで実現する新サービスを真剣に考えていきたいと、改めて感じました!