「5Gは確実に、次の社会を引き寄せています。そして、さらなる先の社会を創造していくには、今のうちから6G以降の通信規格に着手しなければなりません」。そうNICT(国立研究開発法人情報通信研究機構)のお二人は語ります。だからこそ挑むべきはBeyond 5Gなのだと。今回は5G・IoTデザインガールの佐久間と伊藤が、通信技術を軸に未来ICTを切り開くNICTを訪問し、5Gのもたらす近未来に加え、さらにそれ以降の6G、7Gへと10年単位のジェネレーションを超えて、展望や課題をお聞きしました。
●お答えいただいた人
国立研究開発法人情報通信研究機構
Beyond5G 研究開発推進ユニット
Beyond5G デザインイニシアティブ長
石津 健太郎さん
国立研究開発法人情報通信研究機構
オープンイノベーション推進本部
総合プロデュースオフィス プロデュース企画室 室長
イノベーション推進本部 標準化推進室 室長
中川 拓哉さん
●インタビュアー:5G・IoTデザインガール
SOMPO Light Vortex 株式会社
デジタルヘルス事業部
シニアビジネスクリエイター
佐久間 萌里佳さん
日本電気株式会社
新事業推進部門
バーティカルサービス開発統括部
伊藤 綾乃さん
NICTはどのような機関なのでしょうか(佐久間)
中川:様々な民間企業が研究開発を行なっていますが、国の研究機関として情報通信領域を担う私たちは、多くの企業が未来に共通して使えるような技術の獲得を目指し、30年先を見据えた基礎的な研究を行なっています。
大学が行う研究との違いは、大学が学術領域における理論の確立を主眼に置くのに対し、私たちは基礎研究といえども応用段階まで見通し、最終的に民間の手で社会に役立つ技術へと普及させようとしていることです。
実際に研究の最終段階では追究した技術を民間につなぐ橋渡しを行い、世の中に出ていくための仕組みも考えます。Beyond 5Gに関しても同様です。
伊藤:民間企業は利益を考えなければなりませんから、どうしても成果の出るのが先々になる長期的な研究がやりにくいという面があります。
そうした民間企業の手のつけにくい遠い未来のための基礎技術を担っているのですね。
石津:そうです。でも、私たちだけが基礎研究で先走るのではなく、民間企業との共同研究も活発です。
大手の有名企業ばかりではなく、先端技術を持つ中堅・中小や、ベンチャー企業とも幅広く関わっています。
意見交換レベルではなく、実証実験やプロトタイプの開発まで進め、一緒に発表することも少なくありません。単独では難しくとも私たちと一緒ならば研究を進められる条件が整うことがあるのです。
NICTの研究所の中には共同研究契約に基づき、民間企業から出向してきている研究者や事業関係者も結構います。 また、NICTには企業各社が共創していく際のハブになる機能があります。
収益を上げることを目的としていない中立な公的機関であることの信頼感や安心感があるので、複数の企業から多くの研究者や開発者が集まっています。
そしてオープンに議論することで、新しい価値が生まれる場になっているのです。
佐久間:なるほど。確かに複数の企業が共創するケースでは、中立のNICTの存在はとても重要になるのは分かります。
中川:難しいのは、共創の中で培ってきた新技術が我々の手を離れる時です。
新技術を製品やサービスに結びつけるのは、あくまでも企業側です。
例えば6Gで標準化に向けた基礎研究の段階では私たちと各社による共創であっても、技術仕様や性能要件を決める段階では各社の製品やサービスになるので、各社が主体的に決めることになります。ここにはNICTは立ち入れないと理解しています。
新技術が上手く世に出るためにも、特定の企業にのみに成果が偏らないようにするためにも、私たちとしては切り離し方に留意しなければなりません。
5Gは4Gから何が進化したのですか。そしてBeyond 5Gはどこに向かうのですか(伊藤)
佐久間:そもそもBeyond 5G以前に、5Gの魅力と言いますか、5Gを使うユーザー側のメリットが未だよく分かっていないのですが。
石津:2020年のサービス開始前後では、4Gを大きく進化させた通信規格ということで世間の耳目を集めた5Gですが、確かにその実力が発揮されている状況は未だ到来しているとは言えないでしょう。
そもそも5Gの方式には何種類かあるのですが、特に高速なミリ波に対応したサービスは普及していません。
佐久間:ミリ波って…?
中川:それは28GHzという電波なのですが、これは1秒間に280億回も振動します。多くのデータを送れるのですが、波長が短くて遮蔽されやすいという短所もあるのです。
4Gまでの電波は長い波長の周波数を使っているので、電波を通さない遮蔽物があっても回り込んでくれるのですね。
この遮蔽されやすいという課題を解決するために、電波を反射させて届かせる技術に取り組んでいる企業があります。
石津:4Gから5Gへと正常進化しているのは間違いありません。5Gには3つの特徴があります。
1つ目はスピードの速さ。4Gの20倍になり、高画質の動画もスムーズに見ることができます。
2つ目が低遅延です。4Gの10ミリ秒の遅延に対して、5Gの通信遅延は1/10のわずか1ミリ秒。これは人間のためと言うよりも、機械のための性能と言えます。
クルマの自動運転や工作機械の運転を無線通信で遠隔制御したい場合に、ほんのわずかなデータ通信の遅れが、大きな問題になるからです。
例えば5Gで工作機械を緊急停止させよう信号を送った際に、1cmで止めることができるとします。これが10倍の遅延がある4Gでは、単純計算になりますが10cmも動いてしまうことになるのです。
自動運転のクルマを緊急時に遠隔で停止させたり、手術ロボットをリアルタイムで操作したりする際に、この低遅延が大きな意味を持つことになるのです。
そして3つ目の特徴が多数同時接続。5Gは4Gの10倍のデバイスに同時接続できます。IoTで数多くのセンサーと接続するケースなどでも余裕を持ってつなげることができるのです。
伊藤:やっぱり5Gって凄く進化しているのですね!
中川:そうです。でも、3つの特徴を同時に満たす使用というよりは、どの特徴を選ぶのか、使い分けられる仕組みになっています。このアプリケーションだから、この特徴を活用するという具合です。
高精度の制御が求められる工作機械であれば、低遅延になるべく全振りして工場の中だけに基地局を置いて使用するローカル5Gが実装されることになります。
石津:次世代のモバイル通信であるBeyond 5Gでは、3つの性能アップに加えて、新たな方向性の特徴が追加されていくことになります。低消費電力にして超高速通信であるとか、上空数千メートルでもスマートフォンが使用できるとか、いろんなニーズへの対応が残されています。
また、Beyond 5Gでは使用する条件に応じて通信の様々な性能を選択的に引き出していく技術も進むでしょう。
私は現在、複数のベンダーの5Gや6Gのシステムを自動的にコーディネートして、求めるサービスを最適に組み立てる仕組みの研究を進めています。
なぜ、Beyond 5Gで先のジェネレーションまで取り組むのですか(佐久間)
中川:5Gや4GのGとは通信規格のジェネレーションのGですが、第1世代の通信規格からほぼ10年の区切りで進化してきました。
また、新たなジェネレーションの規格を実用化し、標準化に至るまでにも、約10年の時間がかかります。最初に新しい世代の通信規格のコンセプト固めを行い、要素技術の確立とその統合、プロトタイプでの実証実験を経て、端末や基地局などの製品化やアプリケーション、サービス展開の用意へとステップを踏んでいくことになります。
このうち私たちが大きく関わる前半部分の、新規格の確定だけでも5年。その時点ではユーザーの端末は台車くらいのサイズの端末です。端末メーカーがLSI(チップ)化やソフトウェア化で実用サイズにまで持っていくのにさらに5年はかかります。
ですからBeyond 5Gの最初のターゲットである6Gには、すでに取り掛かっていないとサービス開始時点で取り残されているのは確実です。
日本は基地局などの5G製品で世界的にシェアを獲得できなかったと言われています。5Gの主要な要素技術で世界をリードしている面もありますが、現在のポジションでは次の6Gで世界の先頭に躍り出るのは難しいと言えるでしょう。
先端技術で抜け出すには人と時間とお金の相当な蓄積が不可欠です。なので、次の次こそ世界の先頭に立とうと、今のうちから6Gどころか7Gにもリーチしないといけないと思うのです。
佐久間:皆さん、20年も先まで見ているのですか!
石津:6Gがスタートする2030年以降は、基地局とスーマートフォン間の通信のみならず、クルマやドローンなどあらゆる設備やサービスが一体となってつながる世界が到来します。
例えば、自動運転のトラックやドローンで品物を運べるようになれば、流通や飲食業もそのビジネスモデルを一変させるでしょう。
製造業も、金融業界も、一次産業も、情報通信以外の業界であっても受ける影響や恩恵は大きいはずです。
ありとあらゆる業界や産業がこの新世代通信規格にダイレクトな影響を受けることになるのです。
私たちがこの6Gの技術で世界のコンペティターと少なくとも拮抗していないと、日本の産業全体が大変深刻な事態に陥ることになるはずです。
私たちは、Beyond 5Gでは5Gの時以上に頑張って研究成果を積み重ね、世界の通信規格の標準化団体でイニシアチブを取り、日本が世界を変えていく当事者になれる努力をしなければ遅れをとってしまうという危機感を抱いています。
中川:NICTと国内の情報通信関連の企業だけでは、Beyond 5Gの未来を切り開いていくことはできません。
Beyond 5Gを必要とする事業者やその現場で活用するユーザーの、Beyond 5Gで何々がしたい、何々を解決してほしいという顕在化したニーズや切迫感が技術を牽引するからです。
そうしたユーザー側を数多く巻き込み、Beyond 5G の渇望を喚起するための情報発信を重ねていくことも、NICTの重要な責務だと考えています。
20年先は、そう遠い未来ではありません。Beyond 5Gのグローバルにおける覇権争いは、すでにスタートしているのです。
佐久間・伊藤:今回のお話をお聞きして、今まで気づけなかった5Gの魅力をよく理解することができました。
みんなで作り上げるBeyond 5Gの世界。10年後、20年後が楽しみです!!